マチュピチュってどんなところ?

マチュピチュ、有名だけどいったいどういうところ?マチュピチュがどんなところか、どうしてこんなに人気なのかご紹介します。

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マチュピチュの概要

マチュピチュ(Machupicchu)はインカ帝国の残した遺跡の中でも、もっともミステリアスで、もっとも美しいものです。1911年に映画「インディー・ジョーンズ」のモデルともなったアメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって発見され、1913年にナショナル・ジオグラフィック誌にてマチュピチュ大特集を組まれて以来、「失われたインカの都市」として世界的に知られるようになりました。現在マチュピチュはインカの首都であったクスコと共にはユネスコの世界遺産に登録されており、また2007年には「新・世界七不思議」の一つとしても選ばれ、毎年大勢の観光客が訪れる人気の遺跡となっています。

マチュピチュの名前の意味

マチュピチュはインカ帝国の言語だったケチュア語の名前で「Machu Pikchu」と綴ります。それを地名として「Machupicchu」となりました。ですから、本当の発音は「マチュピチュ」ではなく「マチュピクチュ」となります。「Machu」はケチュア語で「年老いた」、「Pikchu」は「山・峰・丘」を指します。あわせて「Machu Pikchu」は「老いた峰」という意味を持ちます。

マチュピチュの後ろにそびえるワイナピチュ(Huaynapicchu)はケチュア語では「Wayna Picchu」と綴ります。「Wayna」は「若い」と言う意味があるので、ワイナピチュは「若い峰」という意味になります。

インカ帝国最後の都市?

マチュピチュを発見したハイラム・ビンガムは、マチュピチュを「インカ帝国最後の都市ビルカバンバ」つまりインカ帝国の残党が最後までスペインと戦った場所であるという説を発表し、長らくその説が信じられてきました。しかし、インカ帝国が降伏した場所は熱帯の盆地だったことが明らかになっているため、この説は現在は間違いであるとされています。では何のためにこんな奥地に都市が建設されたのか、未だに謎であり、いくつかの説が唱えられています。

有力な説としてはインカの宗教の聖地だったという説があります。マチュピチュ内には幾つもの神殿と思われる建造物があり、またインティワタナと呼ばれる日時計のような岩も見つかっています。これはインカ皇帝パチャクテク以来行われていた太陽崇拝の聖地であったという説を裏付ける証拠となります。

別の説としては皇帝の別荘・御用邸だったというものです。マチュピチュ内には居住地区もあり、高貴な人が住むために作られたような丁寧な石組みの部屋も見ることができます。

いずれにしても、文字を持たないインカの文化や歴史については大部分が謎のままです。そのミステリアスさがマチュピチュの魅力でもありロマンを感じる部分でもありますね。