マチュピチュ Machu Picchu

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マチュピチュの基本情報

位置: ペルー、クスコ県
標高: 2430m(主な遺跡部分)
面積: 32,592ヘクタール(ユネスコの報告書による)
ユネスコにより世界遺産「複合遺産」として1983年に登録される


開場時間: 6:00 - 17:00
定員: 2500人(一日あたり)

マチュピチュの概要

マチュピチュの「Machu」はインカ帝国の言語であったケチュア語で「年老いた」、「Picchu」はケチュア語で「峰」を意味します。ですから、マチュピチュとは「年老いた峰」、もっと簡潔には「古い山」という意味になります。一般に「マチュピチュ」と発音しますが、ケチュア語の発音では「マチュピクチュ」という方がより正確です。もっとも、マチュピチュが建造された時代に呼ばれていた名前はもう失われており、本当の名前が何だったかはもはや分かりません。インカの文明は文字を持たなかったため、マチュピチュについての記録も残っていません。

マチュピチュは第9代インカ皇帝(クスコ王国の皇帝)であったパチャクテク(スペイン語:Pachacútec ケチュア語:Pacha Kutiy)によって建造されたと推測されています。パチャクテクの在位期間は西暦1438年から1471年だったとされているため、マチュピチュもその年代に建設されたと考えらえます。

その後、1572年にインカ帝国がスペインの征服者によって滅ぼされてしまうまでにはマチュピチュの存在は知られなくなってしまい、1911年にアメリカの探検家であったハイラム・ビンガム3世(Hiram Bingham III)によって発見されるまで、およそ400年ほど失われたままでした。ハイラム・ビンガムはインカが征服者から逃れて財宝などを運び込んだインカ帝国最後の都市とされる伝説の町「ビルカ・バンバ」(スペイン語:Vilcabamba ケチュア語:Willkapampa)を探していた際に、地元の農民に教えられてマチュピチュを発見しました。(厳密にいえば、ハイラム・ビンガムに発見される前から遺跡があることは地元の人は知っていたと言えますね。) ビンガムはマチュピチュを「ビルカバンバ」だと思ったようですが、後の調査によりビルカバンバは「エスピリトゥ・パンパ」というい別の遺跡であることが分かっています。

ハイラム・ビンガムによるマチュピチュの発見後、ナショナルジオグラフィック協会によって発掘が支援され、ナショナルジオグラフィック誌1913年4月号で発掘の結果が雑誌の全ページを使って特集されたことでマチュピチュは一気に世界で有名な遺跡となりました。また、1983年にはユネスコにより、マチュピチュ遺跡を含む一帯が「マチュ・ピチュの歴史保護区」として、世界遺産に登録されました。「マチュ・ピチュの歴史保護区」は「文化遺産」と「自然遺産」の両方の要素を含む、三十数件しかない「複合遺産」として登録され、その希少性からさらに知名度と人気が高まりました。現在では、その神秘性と美しさから連日観光客の絶えない、大人気な観光地となっています。